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2007年2月14日 (水)

中年ジャンプ的【人生論】

バレンタインだというのに、ひどく大荒れのお天気です。まあ、僕みたいなおっさんには、あんまり関係はないのですがね。

もともとが、このブログ。中年広場みたいな、ちょっとレトロな憩いの場みたいなね、そういう場所が提供できたら・・・・というのが僕の思いでして。故に、あんまりパッとしない今現在の話も交えながら、昔懐かしの記憶の中から、面白い話などをお聞きいただこうかと・・・・・。
もうすぐ、丸一年になるこのブログも、お陰様でいい人ばかりに集まっていただくことができて、私の思いも通じたのかなと、感慨も深いものがあります。

とても残念なことに、先日、大事な友人を失ってしまい、改めて彼の事や、自分の大したこともない人生などを振り返ってみたり。
もちろん、タイトルにあるような【人生論】などと大げさな事など書ける人間ではありませんが(笑)適当なタイトルを思いつかなくて。

僕は子供の頃、とても内向的で、遊びといえば絵を描いたり、プラモを作ったり、犬と遊んだりと、どちらかというと男の友達よりも女の友達の方が多かったような。ダックスさんともよく毎日くらい遊んでいたような記憶があります。
運動が大の苦手で、ドッジボールや鬼ごとやかくれんぼ等、みんなの格好の餌食になって、今で言うイジメの様なものに遭っていたつらい時期の記憶もあります。

こんな記憶もあります。
小学校の遠足か何かで、お寺の境内に全員整列している時、何羽かの鳩が僕らの上を飛んで通過していって、糞を落としていったのですが、よりによってそれが僕の帽子だけを直撃する。テーブルマナーの最後にフィレステーキが出てきたのは嬉しいが、僕の肉だけあきらかに他の誰の肉よりも小さいし焦げている。修学旅行で旅館に泊まった時、当時アイドルだった小林幸子がその旅館に遊びに来ていて、旅館の主人のちょっとした計らいで、急遽サイン会が始まって、みんな列を作って一列に並んで、自分のTシャツやノートにサインをしてもらう。何十人の子がそのサインをもらっただろう。そしていよいよ僕の番。ワクワクしながら小林幸子の前に立つと『ごめんなさい!今からお仕事あるから、ここで終わりますねっ』・・・・。そして大広間から自分の部屋に戻る時、ぐずぐずしていたら最後になって、前にいた子が履いたのが最後、僕が履くスリッパだけがない。そして、ちょっと恋心を抱いた女の子は転校してしまうし・・・・・・。
思い出せば、どこか、まぬけな、何かしら足りない、ぐずい、幸運とは全く縁のないような暗くも淋しいような僕の姿が浮かび上がってきます。それでも厳しいながらも父は優しかったし、母の愛情は格別に感じながら、自分にはとても居心地のいい居場所があったのは間違いのない事実で、ここのところは改めて感謝するものです。

ところが、中学に入って、違う校区から来た一人の友人とめぐり合ってから、僕の全く面白くも何ともない?生活は一変します。同じクラスで、同じバスケ部に入って、休みの日も一緒に遊ぶ。そして、だんだんと交遊も広がり、苦手だったスポーツも大好きになり体力もついてきて、かつてイジメられた奴らをからかえるようになるほど、一人の男としての自信みたいなものが備わってきたのです。
無論、内面的にそういった要素みたいなものも、もともと僕は秘めていたのだと言えばそれまでかも知れませんが、一人の友人と知り合う事ができたことによって、新しい一面がうまく引き出されて行ったのだろうと思う訳で、このあたりで僕はやっぱり友人の大切さを身にしみて感じるということになります。
いやいや行っていた小学校と違い、学校に行くのが楽しみで仕方がない中学校生活でした。

やがて中学、高校と、僕はとてもいい友人達に囲まれて成長(多分ですけど・・・)していきます。そして大学へと進んで・・・・。
ここでもやっぱり不安だらけでした。丹波の山奥から京都という大都会(そう思ってました)に出て行く事。憧れだった京都で生活できるんだという嬉しさと、やっぱりまだ心の奥底に残る、僕の弱気なところが交錯するのです。

やがて、大学での生活が始まって、同じ下宿になったわかめさんと知り合い、その下宿のすぐ近所に住んでいたK平という友人を得、クラスが同じだった松本という友人にめぐり遭うのです。もちろん同郷の友人とも交遊は深まるのですが、大学に入ったことによって知り合えた友人として紹介していきたいと思います。

長くなってしまいました。この続きはまた次回に書かせていただきます。

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コメント

おさむさん☆
聖バレンタインデイ(*^_^*)
「子供の頃、とても内向的」とありましたが、
優しいお子さんだったのが伝わって来ます(o^_^o)
そして、友達を大切にされてこられたのも(o^_^o)v
そんなおさむさんと、知り合えたことに
感謝しています!!
ありがとうございます!!
これからもよろしくデスm(__)m

投稿: かきくけKEIKO♪ | 2007年2月14日 (水) 19時54分

そんなことは無い。不幸ぶりっこはイケマセンぜ。だんな。懸賞に当たってでっかい車のプラモデルを見せてもらったこともあるし、小林幸子のサイン会の存在さえ今まで知らんかったがな。不幸自慢なら負けへんで。転校生ってひょっとしてM.Sさんか?

投稿: 近所のおっさん | 2007年2月14日 (水) 21時06分

たしかに子供の頃は毎日よく遊びましたね(^o^)
内向的というか良家のお坊ちゃまで上品だったんでしょう!
小林幸子といっしょの旅館だったのは中学校の修学旅行で東京へ行った時でしたね。
暗~い子供時代のように書いていますが高校時代あたりからはメキメキと頭角をあらわしてモテモテだったでしょう?  次回の記事が楽しみですよ!

投稿: ダックス | 2007年2月14日 (水) 21時55分

KEIKOさん
いつもありがとうございます。

松本君の事を書きたくて、ついつい前置きが長々しくなってしまいました。
まだちょっと、完全に気持ちの整理ができてなくて申し訳ありません。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いしますね!

投稿: osamuchan | 2007年2月14日 (水) 22時03分

近所のおっさんとやら
こんばんわ!

ぶりっこなんかではないです。今落ち込んでいるんです。
そういや、懸賞に当たったですね、あれは車でなくてシャーマン戦車ですね確か・・・。
小林幸子の顔を間近で見ただけでも幸運っていうのですね!?
M.Sさんも分らないですね、ひょっとしてあなたの初恋でしょうか(笑)

投稿: osamuchan | 2007年2月14日 (水) 22時09分

ダックスさんこんばんわ!

昔は許婚(いいなずけ)とまで言われてましたもんね(笑)
何処でどう道が別れたのやら・・・・(・ε・;)

あんまりモテた記憶はありませんけど(笑)
まあ小学校よりも中学校、そして高校と、だんだん楽しくなっていったという訳ですかね。

投稿: osamuchan | 2007年2月14日 (水) 22時15分

osamuchan さん

小学校より中学校
中学より高校、大学とだんだんと楽しい人生になれてよかったですね。

これが逆だったら最悪?でしょ。

ね・・・


osamuchanさんの小学生だった頃の昭和30年時代は
時代的に暗い感じがありますよ。
今と比べてとってもね。
 (余談  教室の裸電球は、暗いイメージだったなあ)

それを自分の不幸的感覚にしているのでは・・・

投稿: ☆ | 2007年2月16日 (金) 09時30分

osamuchanさん


 【お陰様でいい人ばかりに集まっていただくことができて、】


って、みなさんのコメントを読んでいて本当にそう思います。

osamuchanさんのお人柄がみなさんを引きつけるのでしょうね。


途中から、30年前のお写真と歌声に
惹かれて参加してしまった???私は・・・
耳が痛いですぅ


名前・・・いい人からかけ離れているので書けません。

投稿: | 2007年2月16日 (金) 10時09分

☆さんこんにちは!

大人になってから落ち目な人生を送っているような気もしていますが・・・・
こんなもんかもですね、人生。
若い時に幸運を使いすぎたのかもです。

僕の部屋は裸電球が丸出しの4個のシャンデリア風です(笑)

投稿: osamuchan | 2007年2月16日 (金) 17時00分

・・・・・さんありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。
いい人ばかりですよここは、僕以外は!

投稿: osamuchan | 2007年2月16日 (金) 17時01分

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