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2007年5月

2007年5月29日 (火)

タイミング良く・・・・

Photo_98 ちょっと、ネタが切れたかなあ・・・・・と思っていたところ、タイミング良く、エンデママさんから写真が送られて来ました。

何でも27日の夜中の1時半に起きて出かけて行かれたそうですが、僕なら1時半に起きるなんてできないから、寝ないで出かけて行くところですが・・・・

まっ、それはさておき、鳥取県の白兎海岸の朝日。まるで年賀状みたいな光景ですが、なかなか撮れない写真ですよね。

Photo_99 二枚目は美保基地での航空ショー。おなじみのブルーインパルスの編隊飛行です。
いやあ、動きのある物を撮るのはなかなかむずかしいのですが、構図もいいじゃないですか。腕上げたなっ!(笑)

Photo_100 三枚目は、島根県日御碕の灯台。
これは夕陽でしょうかね。ちょっとほろ苦い若かりし頃の記憶が甦ってきそうな感じ・・・・・・が、なきにしもなきにしも・・・・・・

そんなところで、またいつかこんな景色に同行してもらえるような、素敵な方を募集でもしちゃいましょうかね(笑)
ママさんどうもありがとうでした。

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2007年5月27日 (日)

今日はダービーだったのだ!

Photo_95 三歳の最強馬を決める、第74回東京優駿(日本ダービー)が、今日、皇太子、安倍晋三夫妻も姿を見せた東京競馬場の芝2400mに、牡馬17頭、牝馬1頭の計18頭が出走して行われた。

結果、三番人気の、唯一の牝馬ウオッカが優勝し、牝馬としては1943年のクリフジ以来、64年ぶり3頭目という快挙を演じ、一着賞金15000万円を獲得した。

先週同じく東京競馬場で行われたオークス(牝馬だけのダービーにあたるレース)には見向きもせず、堂々と牡馬に勝負を挑んだ末の快挙だった。

鞍上の四位洋文騎手(34)はダービー初勝利、ウオッカの背の上で涙をぬぐう姿が印象的だった。
なお、圧倒的一番人気だったフサイチホウオーは直線伸びず7着に沈んだ。

なお、レース前のパドックの写真は、ジャンクスポーツ等でお馴染みの、フサイチホウオーの馬主である関口房朗氏の軍団と、亀田一家のもの。
今日、競馬場に出没した私の次男から送られてきました(笑)

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2007年5月22日 (火)

今日は30周年ということで

何と、今日は結婚30周年という節目の記念日でして(私事ながら)ちょっくら、おふくろも一緒に三人で海外へと遊んで来ました。

道続きの海外ね、淡路島ね(笑)

『まあ、一言に、30年とは申しましても、山あり谷あり峠ありでございまして、花も嵐も踏み越えての例えがありますように、全く持って踏み越えるどころか、踏み倒されてばかりではございますが、まっ一言に30年とは申しましても(くどい)先日の2億3万光年何がしのスケールに比しますれば、あっという間の30年。これ誠に、仁丹のつっぱりにもならないものではございますれども、今後ともよろしくお願いを申し上げます次第・・・・笑』★

今日、眼にした、つたない写真を貼っておきますね!

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まっ、ちょっと驚いたのは、公園内を移動するバスに乗ったら、なんと運転手はコアラのぬいぐるみだったんですよ!

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2007年5月21日 (月)

10日ほど前のニュースなんですが

まあ、内容を読んでいただけたら、10日くらい遅れてもニュース的には、何ら遅くもないような・・・・・

CNNの5月8日のニュースによりますと
『米航空宇宙局(NASA)は7日、エックス線宇宙望遠鏡チャンドラなどが観測した、観測史上「最も明るい」超新星爆発の画像を発表した。研究者によると、これまで知られている超新星の爆発と、爆発の様子が異なることから、宇宙の始まりや星の進化、銀河系の成り立ちについてより詳しく研究できる材料になるという。
NASAが発表したのは、地球から約2億3800万光年離れた銀河「NGC1260」で昨年9月18日に見つかった「SN2006gy」の画像。質量が太陽の約150倍の恒星が寿命を迎え、超新星爆発したと見られている。

Photo_78 超新星爆発は、大量のエネルギーを放出するため、数週間にわたって明るく輝く。しかし、「SN2006gy」の明るさは太陽500億個分に匹敵する輝きで、約70日間にわたって続いており、カリフォルニア大学バークレー校の天文学者ネイサン・スミス氏は「通常の超新星爆発と比べ、数百倍のエネルギーが放出された、怪物のような超新星爆発だ」と話している。

質量の大きな恒星は超新星爆発の後に、ブラックホールや中性子星になると考えられている。しかし、「SN2006gy」では爆発規模が大きく、物質が完全に飛び散るため、ブラックホールや中性子星にはならないという。
このことから、「SN2006gy」の爆発は、宇宙の始まりの時期に起こった爆発と同タイプで、爆発によって散らばった物質から新しい星が誕生したことが考えられるとして、研究者は宇宙の始まりや、星の進化を解明するきっかけになると期待している。』

・・・・・ちょっと完全文系の頭で考えると・・・・・
まずは、そんな2億何万光年のところにある星が見られる、ということ自体に感嘆極まりなくて!
で、地球からの距離が2億・・・光年ということは、2億・・・光年前に大爆発したのであって、その爆発の様が、今見られる・・・・・だよね!
だからして、もしもその爆発物が、光速で地球目がけて飛んで来るとしても、2億年後の話・・・・だよね!
しかし我々の太陽でさえ、真夏は皮膚を焼くくらい暑いものを、自然火災が起こるほど熱いものを、500億個分の明るさって何よ?(笑)
よく考えて下さいよ。先ず、我々の太陽は地球から1億5000万km離れているんですよ。まっ、ちなみに月は38万kmですが・・・・
太陽の直径が140万kmで地球の約109倍、太陽を野球のボールに例えると、地球は1mmより小さくなるんですよ、仁丹より・・・・・・なのにあなた500億倍の明るさって・・・・・。

あんまり、日常を離れ過ぎる(そりゃ2億・・・光年・・・もうええか?)話なので、ピンともこないし、『へえ~』の一言で済ませてしまうような話ではあるんですが、天文学者が姉さん、もとい、ネイサンってのが覚えやすくていいじゃないですか(笑)
いいですか?地球は仁丹みたいなもんなんですよ!
やれ、あと3センチ身長が高かったらなあとか、体重を5キロ減らさねばとか、タバコの自販機の前で100円落として、しかもその100円が絵に描いたように自販機の底に潜り込み『くそ~っ、あと2センチほどで手が届くのにっ!』なあんて言ってるようじゃ、この超大スケールの話は理解できませんことよ(全部、自分に返ってくるが・・・・笑)

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2007年5月20日 (日)

タイガーマスク初戦は

先日ご紹介いたしましたタイガーマスク。
今日、牝馬のダービーであるところのオークスが行われた、東京競馬場の5R、サラ系三歳未勝利戦、芝1600m、18頭立のレースで武豊騎手を鞍上にしてデビューいたしました。

競馬ファンの熱い支持により、単勝2.8倍という一番人気でしたが・・・・・・
結果、健闘むなしく9着に破れてしまいました。

それでも既出走馬に混じっての、この成績はまずまずかと思われますので、次走に期待を持ちたく思います。
次回もまた報告をさせていただきます(笑)

実はこの馬、3億円近くもした高馬らしくて、本当のところは、もうちょっとやれると踏んでいたんですがね!

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2007年5月17日 (木)

わかめさんのリクエストにより・・・

わかめさんの先日のリクエストによりまして、いかにも身内のネタなのですがN君のお話などを少々・・・・。
多分、笑って読めるのは、わかめさんとK平さんくらいでしょうけどもね!

僕の同郷の友人で、同じ大学に進学してきたN君。普段はお兄さんと二人で借りている大阪のアパートから通学していたのですが、絶対遅刻してはならない必須科目が一時限にあるような日の前日は必ずといっていいほど、僕の下宿に泊まりに来ていました。
そんな訳で、同じ下宿のわかめさんも、彼と接する機会も多かったようです。
N君自体は、ほんとにとてもいい人で(笑)勉強家でもあり、経済観念にもすぐれ(笑)割れた眼鏡を3年間も使い続けるような人でした(笑)

ある日、彼と一緒に近くの銭湯に行った時の事、二人並んで体を洗っていると、彼が言うのです『なあ・・・、このカミソリまだ使えるやろか?』・・・・見ると丁度二人の足元の排水口の所に使い捨てのカミソリが落ちている・・・・「アホか、そんな誰が使うたかわからんようなババチイもん触るなっ」と、僕は答えて頭を洗い始めたのですが・・・・突然「わっ!」と言う彼の悲鳴にも似た声がするので、慌てて見てみると、なんと彼はそのカミソリで髭を剃っていたようで、そこには顔中血だらけのN君が・・・・・で、すました顔をして曰く『やっぱり捨ててあるだけのことはあるわ』

そんな彼が、京都の上桂に下宿するようになったと言う話があって、しかも格安の2500円。当時は畳一枚千円が相場の時代に、六畳で2500円の下宿があったと言うのです。それを聞いた僕は、早速暇に任せて、彼の下宿を拝見に行ったのでした。
阪急電車の駅を降り、歩く事およそ10分、だんだんと田舎の景色に向かいます。今でこそ賑やかな場所となってはいるものの、当時は田んぼばっかりだったような・・・・・「おいっ、ほんまこんなとこに下宿なんてあるんかいな?」と言うと『まあそない言わんと付いて来いや』と言いながら一軒の農家に着く。『ここや』と彼が指差すその先は、大家さんの家らしき建物の横にぽつんとある納屋のような・・・・・。
彼に付いてその納屋に入ると、得も言えんような屁くさいような香りが・・・・・

Photo_76 なんとそこは納屋ならぬ牛小屋!
『あれがわしの部屋や』と彼は二階らしき所を指差して言うのです。
「お前、これ牛小屋やんか」『ちゃう、もう牛はおらんって言うてはった』「おらんって言うても、昨日まで牛がおったんちゃうか」『そうかも知れん』「まだ、藁が敷いてあるし・・・・」『このハシゴ登らなあかんねん』「これほんまのハシゴやんか」『気ぃつけて登れよ』・・・・・

「しかし屁くさい部屋やなあ」『一時間ほどしたら慣れるわ』「そんな問題ちゃうやろっ」・・・・・「しかし大家も考えたなあ、牛からは家賃取れんしね」『わしは牛よりかはマシちゅうことやな』笑・・・・・「しかし、底が抜けそうな部屋やなあ・・・・・まあ抜けても下は藁やから命には別状ないやろけどな」

大便は大家さんの家のを借りる、小ならその辺の田んぼでできる(笑)その部屋で匂いに慣れるという一時間ばかりを過ごしたが、相変わらずくさかった。
部屋を出てハシゴを降りて、上で見送るN君に「ハシゴ外しといたろかぁ」と言うと、必死の体で『あかんっ!それだけはやめてくれ』と言う彼でした。

※口では説明しがたいので、記憶をもとに絵にしました(笑)Photo_77

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2007年5月14日 (月)

京都市北区小山板倉町

By わかめさんから写真が届きました!
なんでも、昨日、徳島から2時間かけて京都の相国寺まで行ってこられたそうで(2時間だったら早いですよね!)江戸時代中期の画家、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の絵で、宮内庁から120年ぶりに里帰りしたという『動植綵絵(どうしょくさいえ)』を鑑賞してこられたとの事。相変わらずグルメでマニアックなわかめさんではありますが(笑)その帰りに、相国寺に程近い小山板倉町へ・・・・・。

そうです!そこには僕とわかめさんが大学時代の四年間を過ごした下宿があるんです。
いやあ、写真を見て感動しましたよ。なんと僕らの時代でさえ古臭いと感じていたあの家が、まだ現存していて、なおかつまだ現役の下宿屋なんです!
僕の部屋は白壁が落ちかかっている二階。窓枠がサッシに付け替えてあるのですが、それ以外はそのままのようです。そしてその向かって右側がわかめさんの部屋だった所。
ほんと、感慨無量とはこのことです。わかめさんに感謝します。
それにしても、わかめさんの部屋ですけど、今改めて見ても狭いですね(笑)確か三畳半でしたもんね。

僕は僕で、当時は窓のところに腰掛できる部分があって、よくそこに座ってギターを弾いたものです。向かって左側に住んでおられた斉藤さん(大家さんの実弟さん)に、よく『煩い~~っ』って怒鳴られたもんです(笑)
当時は左奥に停めてある白い自転車の後輪のところが出入り口でしたが、今は大家さんの作業所(糸屋さん)が取り払われて、ちゃんとした玄関ができています。
この一軒家を、もう一人の住人であるH君との三人で借り切っていたんですね。いやあほんと懐かしい限りです。

わかめさんの話によると、わかめさんの部屋だったところは、京大生のイケメンのイギリス人が寝室に使っていて、僕の部屋はリビングになっているんだそうですが、ニュージーランド人の美女もいたということです(笑)
わかめさん、今度、また京都に向かわれる時は、一応こちらにもお誘いをかけてね(笑)

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2007年5月10日 (木)

タイガーマスク登場!

Photo_75 まっ、競馬の話になるのですが、興味のまったくない方でもちょっとお時間をいただきたく(笑)・・・・・・

こと競馬といいますと、イコールギャンブルってな図式になりがちなものですが、案外、それに携わる、生産牧場、調教師、騎手、馬主、ファンと、色々な人間模様でありますとか、ドラマが延々と続いておる訳でして、即ギャンブルという捉え方だけではちょっと説明しがたい何かがあるのです。
例えば、我々のような中小下?企業もあればトヨタやイオンのような超優良大企業もあるように、競走馬の生産牧場においても、そのような格差は如実に現れてきており、言うに及ばず調教師、騎手、馬主においても同じような格差が存在する訳で、まさに我が身をその世界に投影しながら競馬というものを見続けていく。とまあ、理由付けをしてみれば、これが私の競馬というものに対するスタンスでもあるのです。
昔のように相変わらず馬券に大枚をつぎ込む人もいるにはいるのでしょうが、私のように、ロトでも買うような気分で100円づつから参加するようなファンも多いかと思います。競馬はドキドキしながら観るものではなくて、ワクワクしながら観よう!これが私のモットーでありまして・・・・・笑(ただの宝くじファンかもね)

で、本題に入りまして
今日のデイリー紙によりますと『20日の東京競馬場で、大きな期待を背負った一頭のサラブレッドがデビューする。その名はタイガーマスク(牡3歳)。名前の由来となったプロレスアニメと同様、この馬が稼ぎ出した”ファイトマネー”は恵まれない子供達に寄付される。馬主でもある山本英俊氏の意向に、藤沢和雄調教師が賛同して実現する初の試み。注目のデビュー戦は武豊が手綱を取る。』
一般的に競馬のレースの賞金というものは、馬主が80%、調教師が10%、騎手と厩務員に各5%という配分になっており、これにより山本オーナーと藤沢師の取り分である90%を全額寄付しようという試み。それにジョッキーの武豊も賛同する意向なので合計95%になるという訳で。
仮にこの東京競馬場20日の5Rに一着になると、賞金は500万円ですので、475万円が寄付されるという仕組み。一着になれずとも賞金は出ますので、走る度に余程ひどい成績でなければ賞金は稼ぐものと思われます。
それに、一つづつ勝つことにより、より上のクラスのレースに出られる訳で賞金もどんどん上がって行くという仕組みになっていますから、もしかしてG1クラスのレースにでも勝てば億という数字も期待できます。
このタイガーマスクの初戦は未勝利クラスといって、テレビでも実況放送はないので、そこが残念ではありますが、皆さんも名前だけは頭に入れておいて、また応援よろしくお願いしたく思います。

高知競馬のハルウララも評判になって久しいのですが、また違った意味でこのタイガーマスクもしばらくは話題を独占しそうな雰囲気かと思いますよ。頑張れタイガーマスク!

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2007年5月 8日 (火)

ちょっと日記などを書いてみたり・・・・

5月8日(火)晴れ
朝起きて、いつものごとく先ずコーヒーを飲みながらデイリースポーツに眼を通す。もちろん?ここで朝の一服を・・・・・朝飯は食べないこの僕の、30年間続いてきた日課であります。昨日のような新聞の休刊日はちょっと調子悪い(笑)
顔を洗って、先ずは銀行さんへ行って支払いしたり両替したり、立ち話をしたりと、これはいつもの事。
昼飯がすんで(もう昼かいっ!)
午後は2時位から配達あり。ちょっと友人のコケンさんの所でうだうだと話をした後、Tさんが異動でいなくなった隣町の例の所へ。車で20分強。
う~~~ん。やっぱりちょっと駄目駄目・・・・。100倍の元気もらって帰ってきていたのが100分の1くらいにまでテンションが下がってしまう・・・・どうも相性が悪いような・・・・Tさんがやっぱり恋しい・・・・・★
隣町に行ったついでにちょっと寄り道。ロトなどを仕込み、本屋も覗き、買えもしないシャープの亀山モデル液晶テレビを見てみたり・・・・・
缶コーヒーを飲みながらショッピングセンターの入り口の灰皿の前で一服・・・・完全におっさんしてる様子。
一人だから退屈で、車のナビに返事してみたり『はいはいご親切に』・・・・『何でやねんここは右やろっ!』・・・・★

家に帰ると、前に書いた校友の藤本君から、異動で横浜から奈良に帰ってきたとの葉書が。もう一通、これも同級生の川崎さんから、先日の絵とかの展示会に行ったお礼の葉書が。どちらにも返事を書く。やっぱ懐かしい。

まあざっと朝からの出来事を思い出して、だらだらと書いてみました今日の一日・・・・・・あっ!いかんっ、朝のお薬飲むの忘れてた★

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ちなみに写真は今週に入ってから買った本です。
ちょっと偏狭な趣味の世界ではあります。

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2007年5月 3日 (木)

ありがとう。

5 商売をしていると、ほんと色んな方にお会いする事ができます。
ウマの合う人もあれば、皆目苦手な人もありますが、それはそれ、とてもいい経験、勉強になるものです。こう見えても(笑)なかなか心臓の弱いほうでして、初めてのお客さんや、お取引の時はかなり神経を使います。

そんな中、おとついの事、いつもお世話になっている隣町の庁舎から、作業服の注文をいただきました。でも・・・・・・
いつもなら、Tさんという方から注文の電話なりFAXなりをいただいていたのですが、違う人だったもので思わず「Tさんはどうされたんですか?」と聞いてしまいました。

Tさんはここ5、6年いつもお世話になってきた方です。とても感じのいい人で、この僕が言うのだから間違いありません(笑)笑顔がとても素敵な人でした。
こちらとしては仕事をいただいている立場なのですが、いつもとても丁寧に応対していただいて、笑顔を絶やさず接していただきました。
実のところ、仕事で隣町まで行くと言うよりも、僕は彼女の笑顔に接したくて出かけて行くようなものでした。何と言うのか、元気をもらって帰るって言うか、励みになるって言うか、ちょっと一言では言い表せないものが彼女にはありました。

『Tさんは異動がありまして・・・・・』と、新しく担当になられた人が・・・・・
ああ、そうなんだ、もうお会いできないんだ・・・・・もう一度お会いして、一言だけでもお礼が言いたかったなあ・・・・・
自分の息子位の年齢の人ですから、勿論、僕には怪しいような感情はないですよ勿論。でも何かね、ちょっぴり?残念でね・・・・・・。

ところが何と、今日、彼女が店を訪ねてくれたのです。
『色々お世話になりました』って。しかも手土産まで持って・・・・・ほんとなら、こちらの方から挨拶をしなければならないのに・・・・・
もうお会いできないと思っていただけに、言葉がなかったです。うれしかったです。
そして、お礼の言葉も言えました。
新しい部署でも、今までどおり笑顔を絶やさず、そして無理をせず頑張って下さい。
僕も頑張りますから。

Tさん ありがとう。

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